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ばんじょいのあゆみ

実験中なのだ!

記憶について

いつもの日記

2日くらい前、アメリカ新大統領が誕生したのは記憶に新しい。
というよりむしろ、知らない人はオムツ着用者くらいだとおもう。

その新大統領はいろいろと話題で、僕としても思うところは沢山ある。
(メキシコはもちろんヨーロッパ各地で就任反対の大規模デモが起きるていて、
かたや日本は小規模なデモにとどまっていて、日米同盟の過信というか政治的無関心だなと感じたとか。)

そんな彼のスピーチの中で印象にあるのは、
「2017年1月20日は、国民が再び主権者になった日として記憶されるだろう」
というフレーズ。とくに、記憶される[ remembered ] という言葉。

というのも、今日先程。

写真などのデータ保存用のパソコンでOSが立ち上がらずに壊れたとおもって、とても焦ったのが原因。
パソコン(その中のハードディスク)はもちろんいつかは壊れる。
その対策(どこかにデータのバックアップを取っておくとか)をしている必要がある。
これは人間が理解できない0と1の羅列に対する献身である。とかいうのはいいとして。

ひとつのパソコンが壊れてもデータが消滅しないようにする方法で一番単純なのは、
企業などのでかい大切なデータが遠隔地バックアップされているように、コピーをたくさん作っていろんなところにおいておく。
でもこれは、あまり個人向けじゃない。全然スマートじゃない。
では。と考えて思い当たったのがクラウドシステム。
写真とかに使える仮想メモリが完全にどこかにできるのはまだまだ先かもしれないけれど。
そもそもクラウドが何なのかもあまりわからないけど。(だって「雲のような」だもの。)

0と1の通信でつながるコンピュータと、自然言語を通してつながる人間。
この2つを介したつながりが、いまのソーシャルネットワークであって。
コンピュータ上にデータが残っていたとしても人間にデータが残ってなかったら、
そのデータは存在しないことになるのか?

[remember]は記憶にとどめておいて必要な時に取り出すという意味での「思い出す・覚えている」だそうで、
これはコンピュータと人間に似ているなと、そう感じたからでありました。

つぎは、構成を考えた上で投稿するようにしよう。